こんにちは、シャチョウです。
前回、私たちの考える「ウェルネス」について書きました。不調がない状態がゴールではなく、内側からエネルギーが湧き出て、人生をちゃんと楽しめている状態——そんな話でした。(<シャチョウコラム 第1回> 私たちの考えるウェルネス 満たされていればいい、という定義への違和感。)
今回は「からだを整えるって、具体的に何をすること?」という前回の予告に答えながら、最近すごく気になっていることをお伝えしたいと思います。
エナジードリンクが売れている時代
知り合いの漢方を扱う企業の方から聞いた話で、とても印象に残っているものがあります。
「漢方のお茶で、美容系やデトックス系より、気(エナジー)を補う系が圧倒的に売れています」
なるほどな、と思いました。エナジードリンクの市場も伸び続けている。コンビニには棚一面にカフェインや栄養ドリンクが並んでいる。現代人って、どれだけ疲れているんでしょう。
SNSやAIの普及で、私たちが日々処理する情報量は10年前とは比較にならないほど増えています。スクロールし続け、通知に反応し、次から次へと流れてくる情報を処理する——そのスピードの中で、気づかないうちにエネルギーを削られている。現代人が「外からエネルギーを充填しないと乗り切れない」状態になっているのは、ある意味当然なのかもしれません。
「補う」と「取り戻す」は違う
ここで少し考えてみたいのが、「気(エネルギー)を補う(外から充填する)」と「気を取り戻す(本来の状態に戻す)」の違いです。
カフェインやエナジードリンクは、前者です。疲れているという信号をブロックして、一時的にエネルギーがある状態をつくる。乗り切れる。でも、疲れ自体は蓄積し続けます。
「気を取り戻す」は違います。ちゃんと眠れた翌朝の、あのからだが軽い感覚。体調がいい日のあの「今日なんかいけそう」という内側から湧き出る感覚。これは充填しているのではなく、あなたが本来持っているエネルギーを取り戻している状態だと思っています。
私自身も、以前はコーヒーを常用していました。朝の一杯がないと始まらない、午後にもう一杯、夕方にもう一杯——無意識のうちに「飲まないと動けない」という状態になっていたのかもしれません。
今は週に1〜2回くらいです。コーヒーへの依存から卒業して、純粋に美味しさとリラックスを楽しむ付き合い方に変えることができました。自分の内側からのエネルギーを高める習慣を意識してきた結果だと感じています。
外から補うのは応急処置。
取り戻すのは、根本的な回復。
どちらも必要だけど、どちらをメインにするかで、
からだへの影響はかなり違ってくると思っています。
「からだを整える」って、何をすること?
前回の予告に答えます。私が考える「からだを整える」は、大げさなことではありません。
眠れているか。食事に、素材のいいものが入っているか。消化に負担をかけすぎていないか。からだを温める時間があるか。——こういった、基本的なことの積み重ねです。
ただ、ひとつだけ大切にしてほしいことがあります。それは「からだの声を聴く習慣と時間を、意識的に持つ」ということです。
忙しい日常の中で、私たちはからだのサインを無視しがちです。疲れていても「まだいける」と思い、眠くても「あと少し」と粘る。でもそれが積み重なると、エネルギーの蓋が厚くなっていく。
1日のどこかで、ほんの数分でいい。「今、からだはどう感じている?」と自分に聞いてみる。お風呂でからだを温めながら、ただぼんやりする。そういう「からだと対話する時間」を持つことが、整えることの第一歩だと思っています。
特別なことをするというよりも、「からだが本来の働きをしやすい状態を作ってあげる」というイメージです。からだは、放っておいても回復しようとしてくれています。邪魔しないようにする、というのが正確かもしれません。
Hug & Treatが届けたいもの
私たちのからだには、エネルギーを高めるための基本的な機能が本来備わっています。血液やリンパの循環、自律神経のバランス、腸内フローラのバランス——これらがしっかり働いている状態こそが、その人自身が持っているエネルギーが最大限に発揮される土台です。
Hug & Treatの商品は、「乗り切るためのもの」ではありません。あなたが本来持っているエネルギーを「取り戻すためのもの」です。
入浴剤は、消耗した一日の後に、からだの循環を促し、回復させる時間をつくるもの。おやつは、乗り切るための糖分補給ではなく、腸内環境のバランスを少しずつ整えていくもの。
「ちょっとだけ乗り切るより、ちゃんと取り戻す」——そのそばにいたいと思って、作っています。
前回も言いましたが、ウェルネスは0か100かではない。
毎日、少しずつ取り戻していく積み重ねです。
今日の回復が、明日のエネルギーになる。
次回は、「習慣を変えることの難しさ」について書きます。わかっているのにできない、という話——自分自身の話も交えながら。